ベトナムでは、「日本人は目で食べる」という言葉が有名です。「量が少ない」のと、「料理の見た目が美しい」という二つの意味があります。
私も、日本に来る前は、日本の食文化についてそのような印象を持っていました。そして、なんとなく、日本人は毎日寿司や刺身などの生魚を食べるものだと思っていました。
しかし、日本に来てから、日本人が食べる料理は寿司や刺身ばかりではないこと、様々な国の料理が取り入れられていて、メニューが大変豊富であることを知り、驚きました。それに、ベトナムの食文化と同じ点がたくさんあって、とても面白いと思いました。
本稿では、ベトナム人である私の視点から、日本の食文化をご紹介したいと思います。日本の食文化を深く理解すれば、日本人の友達と両国の料理の特徴や食事のマナーについて話して、楽しく交流できるでしょう。
1. 日本の食文化、とにかく高級だと思っていませんか?
多くのベトナム人は、日本料理と言えば高級なレストランでしか食べることができないと思い込んでいるかもしれません。でも、実は、全ての日本の料理は高級なわけではありません。「日本の食文化」を深く理解するために、まず「日本料理」はどんなものなのか、一緒に調べていきましょう。
ベトナム語で、「日本料理」や「日本料理店」とよく言いますが、日本語では「日本料理」と「和食」という二つの言葉があり、それぞれ意味が違います。
「日本料理」は料理店で提供されて、高級料理のイメージがあります。「和食」は日本の伝統的な料理で、「家庭料理」も含まれる「日本食文化」全体を示す言葉です。この漢字は「和」と「食」から成り立っていて、「和(わ)」は日本のことを指します。
日本の料理と聞くと、すぐに寿司、刺身、などの高級な料理が思い浮かびますよね。そう、もともと「和食」は確かにお米と魚の文化でした。ベトナムで、日本の「お寿司」の店はものすごく高級感がありますが、「お寿司」の歴史を調べてみると、いわゆる「握り寿司」は、庶民の食事でした。私も実際に日本に来てみて、高級なお寿司の店もあれば、「回転寿司」という種類の店もあって、値段が手頃で、安く食べられることを知りました。
また、明治維新以降、日本人は欧米から様々な文化を積極的に学び、「食文化」も例外ではありませんでした。すき焼き、ラーメン、カレーライスなどの海外からきた料理も取り入れられて、日本の独自文化に発展しています。
今日、「和食」は幅広く、家庭料理から高級料理も含む日本の食文化の全体を表す言葉です。2013年には、「和食」がユネスコ無形文化遺産として登録されました。「食」の登録としては、世界で5番目でした。こうして、「和食」は世界的に知られる料理文化となりました。
伝統的な和食の写真を見ると分かりますが、日本料理のプロは、料理をするとき、メニューの組み合わせ、食材と食器の色や形が調和するように、非常に工夫します。なぜなら、日本料理の美的要素は自然を表現するからです。例えば、揚げた鯖は、草が頂上に生えている山岳地帯のように緑の野菜といっしょに皿に盛り付けられます。その料理の色、形、食材が季節と調和するように、調理師が技巧を凝らして手を加えます。
また、季節は日本料理に親密に関係しています。単に「どの季節にどの料理が定番なのか」だけではなく、その時期の季節感を表すことも大切です。例えば、食べ物を並べる茶碗の模様やお皿の形は、その季節ごとに適したものを使います。
プロはもちろんですが、多くの日本人の家庭でも、季節の料理に使う鍋や食器を用意しています。例えば「おでん」は寒い時期に食べる料理です。おでんを作るときは、「土鍋」という種類の鍋を使います。また、暑い夏にはガラスの器でそばを食べます。ガラスは透明で、涼しそうだからです。お正月には「重箱」という食器にお正月の料理を入れて、食卓に並べます。
こうした流儀はどこから始まったでしょう?
基本的に、和食では「五」が大切にされています[1]。それは「五色・五味・五法・五適・五覚」のルールとされています。これらのルールは中国の陰陽五行思想に由来したと言われていますが、日本人の感性に合わせて、和風の食文化を生み出しました。具体的なルールは以下に解説します。
・五色は白、黒、黄、赤、青(緑)の5つの色を意味します。食材の色や食器、飾りの材料も合わせて、料理のおいしさと季節感を感じることができます。
・五味は甘、酸、辛、塩、苦の5つの味を意味します。日本料理で主に使われている調味料は砂糖・酢・塩・しょうゆ・みそ、それぞれの味に当たります。
・五法は生、煮る、焼く、蒸す、揚げるという5つの調理方法を意味します。生は刺身や寿司、煮るは煮物、焼くは焼き物、蒸すは蒸し物、揚げるは揚げ物に当てはまります。日本でお客さんの接待のときは、基本的にこれらの5種類の料理でもてなします。
・五覚は視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を意味します。料理を味わうとき、舌だけでなく、全覚で感じることがでるように工夫されています。
・五適とは温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たい状態で食べる「適温」、お客さんの年齢などに合った「適材」、料理の量が多すぎなく、少なすぎない「適量」、適度に手を加える「適技」、料理を味わう場所の雰囲気などでもてなしをする「適心」です。
なんと奥深いことでしょう。
和食のコースでは、一つ一つの料理の量が少ないように見えますが、おいしい料理を味わうだけではなく、食材・食器の美しさ、調理人の繊細さ、おもてなしの心など、勢が尽くされているのです。この事実を知っていれば、実にいろいろな楽しみ方を和食に見出すことができるでしょう。
[1] 和泉屋「和食に大切な「五」とは?」,http://izumiya-inc.co.jp/other/1725.html(閲覧日:2022年1月25日)
2. 実は似ている、日本とベトナムの食文化
近年、ベトナムでは日本料理店が多くなっており、すごく人気がありますが、日本の家庭料理はどんなイメージなのか、知らない人が多いかもしれませんね。私は、日本の知り合いの家に招待されて、日本の家庭料理を食べる機会が多くありました。そこで、日本の家庭料理はベトナムの料理に近く、色々な点で似ていることが分かりましたので、以下に紹介します。
2-1.主食はお米
多くのベトナム人は、かつての私と同じように日本人が毎日寿司や刺身を食べるというイメージを持っているでしょう。実は、ベトナム人と同じように日本人に一番馴染みのある食材はお米です。古代から稲作の文化が発達して、今でも日本人の家庭では毎日お米を食べるのが一般的です。2016年のNHKの調査[2]によると、9割の人が毎日お米を食べると回答しました。また、5割以上の人が、一日3回のうち2回以上、お米を主食とした食事をとっています。
日本語では、炊いたお米のことを「ご飯」と言います。「ご飯」という言葉は、同時に「食事」そのものも意味します。これは、古来、お米が食事の中心だったことを示しています。
そして、日本の食事の基本スタイルは「一汁三菜」と言って、主食であるご飯と一緒に食べる「おかず」があります。これもベトナムと同じですね。おかずは肉か魚、野菜で作られたもので、そこにスープ、通常は味噌汁と漬物が加わります。
現在、日本では西洋の文化が広まっており、ご飯の代わりに、パンやパスタを食べる人も多くなっています。それでも、たいてい家庭の、特に夕食は「ご飯」です。また、ランチのメニューにご飯の定食を載せているお店はたくさんあります。昼食にご飯を食べる人も多いのですね。
2-2. 自然の尊重
2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産として登録されましたが、これは和食が日本人の「自然の尊重」の精神を体現していることが、世界中の人々に認められたからです。
海に囲まれて、四季もはっきりしていることが日本の食文化に影響を与えています。食材は海・山・里から得られるもので、魚介類や海藻類、農作物や野菜など種類が非常に豊かです。また、寿司や刺身のような新鮮な料理ができます。
ベトナムの食材も日本と同様に「海・山・里」のものが多いのですが、気候の違いから、調理の仕方が日本とは少し異なります。ベトナムでは、干し魚や、魚・エビから作るソースなど、長く保管できる料理が多く見られます。
日本では、食材をなるべく新鮮な状態で、その食材の個性を活かしながら調理し、食べることが大切にされています。その分、食材の管理方法も厳密です。ベトナムに比べると生で食べる習慣が多いのは、こうしたことが背景になっていると言えるでしょう。
2-3. 栄養バランス
日本に来たばかりの時、スーパーで買い物して、驚いたことがあります。それは、日本の全ての食品にカロリーが表示されていることです。それに加えて、食事についての会話に、その料理はどのぐらいのカロリーが入っているか、よく話題になります。私はカロリーを気にせずに食べていますが、日本人はカロリーに非常に気をつけながら、栄養のバランスをとっているように思います。
今日、日本の家庭料理でもパンやソーセージ、ハムなどの西洋料理が現れて、日本の食事の習慣も変わりつつでもありますが、栄養バランスへの考慮は変わりません。
日本人の平均寿命が長い理由は、高度な医学と医療保障の充実などが要因として挙げられていますが、日本人の食事の習慣も深く関わっていると言われています。一般的に日本人は、大豆、海産物や野菜などの食材を多く摂取します。したがって、日本の料理は、おいしいだけではなく、健康的で非常に栄養価が高いのです。
ベトナムの食材はどうでしょうか?ベトナムでは屋台の文化がすごく盛んで、外国の観光客に注目されています。このため、栄養価よりも料理の味が重視されていると思われがちですが、実はベトナム料理には野菜がたくさん使われています。種類もびっくりするほど豊富で、どんな料理にも必ず野菜が付いています。
フォー ブンチャー バイン・セオ
屋台でフォーやブンチャー、バイン・セオなどを食べるとき、メインの料理の横に、様々な種類の野菜を載せた、大きなお皿が置いてありますよね。ベトナムの料理も、おいしさと健康のバランスは、日本に負けていないと思います!
2-4. 季節ごとの食べ物
四季がはっきりしていることは、料理の食材にも強く影響しています。また、食材だけではなく、旬の葉っぱやお花で料理を飾るのも日本料理の特徴の一つです。季節の変化を味覚と視覚と合わせて味わうと、何倍もおいしく感じるからです。例えば、春は桜が咲く季節で、桜の香りがする和菓子や餅、団子、また桜色のケーキなどが多く販売され、人気を集めています。
夏を代表する伝統的な食べ物にかき氷があります。削った氷に甘いシロップをかけた非常にシンプルな食べ物ですが、お祭りのシーズンである夏には欠かせない存在です。
また、秋になると紅葉が美しく、紅葉した葉っぱで飾る料理が多くの店で見られます。さらに季節にあった食器や道具も使われています。
日本のお菓子などは季節に合わせて、「秋限定」、「冬限定」と表示されるものも珍しくありません。その季節限定の商品はお客を集める販売戦略の一つですが、日本のお菓子が季節と密接に関係しているからでもあります。
日本の食文化は一年で行われる季節のイベントと関連しています。
日本の行事と代表的な食べ物は以下の表のとおりです。
表1)年中行事と食べ物
上記の表をご覧になって、みなさんも気付いたかと思いますが、ベトナムにも同じイベントや、同じ伝統料理がたくさんありますよね。例えば、日本では8月の中旬ごろ「お盆」という行事があり、これはベトナムの旧暦7月15日の「Le Vu Lan」に該当します。お盆の時期に亡くなった祖先の霊を迎えるために、お供え物として精進料理を用意して、食べる習慣があります。ベトナムの文化と全く一緒で、興味深いですね。
このように、日本とベトナムの食文化には似ているところがたくさんあります。みなさんも日本に来たら、ぜひ似ているところを探して楽しんでいただきたいです。
[2] NHK放送文化研究所「調査からみえる日本人の食卓~「食生活に関する世論調査」から①~」2016年10月1日,https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20161001_7.pdf(閲覧日:2022年1月26日)
3. 日本人の食事のマナー
みなさんは、これから日本人と一緒に食事をする機会がたくさんあるでしょう。日本人の家に招待されたり、ビジネスの相手と会食をしたり、様々な場面がありますが、失礼にならないように気をつける必要があります。では、日本人と食事をする際、具体的にどんなマナーを覚えるべきか、一緒に見ていきましょう。
3-1. 一般的なマナー
食事するとき、音を立てるのは礼儀があまり良くありません。しかし、お蕎麦などの麺類は啜って食べても大丈夫です。その音は、おいしく頂くことを表すからです。
お箸の使い方は基本的にベトナムの使い方と同じですが、いくつかのルールを覚える必要があります。例えば、箸と箸で食べ物をやり取りすることやご飯にお箸を立てることは絶対禁止です。それは死や葬式を連想させる所作で、タブーとされているので、食事の雰囲気を壊す可能性があります。
また、和食では、お茶碗を持って食べるのが正しいマナーです。
3-2. ビジネスの相手との会食のとき
大学を卒業して、日系企業で働くのなら、日本人と食事をする機会が多いでしょう。この場面で忘れてはいけないのは「目上の人が先」というルールです。ベトナムでは、どちらかというと、「年齢が上の人が先」ということわざがありますが、日本人のお客や目上の人と同席で食事するとき、その相手を優先して行動しましょう。
例えば、お店に入ったとき、店の人が案内してくれることが多いでしょう。そのときは目上の人やお客に「お先にどうぞ」と、勧めてください。
席も「上座」と「下座」が分かれていますが、目上の人が上座というルールがあります。上座と下座がわかりにくい場合には、相手に「お好きな席をどうぞ」と、自分から積極的に勧めるのが好印象です。
また、乾杯するときは、自分のコップを相手のより少し低い位置に出すのも礼儀正しいとされます。
3-3. 日本人の家に招待されたとき
日本人の友達ができたら、家に招待されることもあります。家で食事をする時も基本的なマナーを守れば、問題ないでしょう。他に、日本人とより仲良くするために、日本人の文化を調べて、覚えておきましょう。
例えば、日本人の家でご馳走になるときは、少しでもお土産を用意して持っていくことをお勧めします。渡しながら「ほんの気持ちです」と伝えると、相手が喜びます。また、相手が作ってくれた料理を残さずに食べるのが正しいマナーです。どうしても苦手な料理があれば、事前に遠慮なく伝えておくのが無難です。
あとは、自分の口に合っていてもそうでなくても、作ってくれた人に感謝の気持ちをこめて、「ごちそうさまでした」と、お礼の言葉を伝えるのが礼儀正しいでしょう。
3-4. その他の場面(割り勘の文化など)
他に、大学の友達、アルバイト先の同僚と食事をする機会もあります。同年代の人なら、気楽な感じで交流すれば良いでしょう。しかし、食後の会計はほとんどの場合、割り勘にするか、別々にします。ベトナム人では、誘う人がお金を払うか、年上の人が払うこともありますが、日本では基本的に割り勘するのは当たり前のことですから、このルールを覚えて、日本人と楽しく交流しましょう。
4. 食事に関する「魔法の言葉」を使ってみよう
食事を一緒にすると、いろいろな話ができますが、言語や文化が違うことにより、コミュニケーションがうまくいかないこともあるでしょう。しかし、少しでも相手の国の言葉を覚えておけば、楽しい雰囲気にすることができます。日本人と会話するとき、相手を喜ばせる、私にとって非常に大切な「魔法の言葉」があります。日本語の初級のレベルなので、ぜひ「魔法の言葉」を覚えて、使ってみてください。
まず、食事の前に、日本人は「いただきます」と言います。ベトナム人の場合は、一人一人に食事前の挨拶の言葉を言わなければなりませんが、日本人は全員に対して一度「いただきます」と言えば、大丈夫です。覚えやすいでしょう。
全員の飲み物が揃って飲む前に、全員で「乾杯!」と言います。ベトナム語の「モッツ,ハイ,バー、ゾ!(Một, hai, ba Dzô!)」と同じ意味で、盛り上がります。また、食事中で料理についての感想を述べるとき、「とてもおいしいです」と伝えると、相手が喜びます。
招待された場合は、食事が終わったあと、「ごちそうさまでした」と感謝の気持ちを忘れずに伝えてください。これはお店を出る前に、お店のスタッフにも言う言葉です。
それから、次回に会ったとき、最初に「先日はどうもありがとうございました」と言うと、さらに好印象です。
このように簡単な言葉でも日本人と仲良くなり、関係が深まっていくでしょう。ぜひ魔法の言葉をコミュニケーションに活用してみてください。
5. まとめ
本稿では日本の食文化を紹介しました。日本料理について「高級」というイメージを持っている人もいたかもしれませんが、本稿で紹介したように、主食であるお米、箸を使う文化などはベトナム人にも馴染みがありますね。
日本料理を「目でも味わう」ことは、中国の陰陽五行説から由来し、日本人の感性と合わせて、日本独特の食文化が形成されてきたのも非常に興味深いです。ご興味がある方はぜひもっと深く調べてみてください。和食の繊細さや奥深さ、日本人のおもてなしの精神も感じられますよ。
料理の特徴も食事のマナーも国によって違いますので、日本人と食事をする機会があれば、基本的なマナーを覚えて、お互いに異なる文化を理解し合うことが大切です。あなたが日本の食事マナーを知って、きちんと守れば、相手に好印象を与えるだけでなく、より良い関係を築くことにもつながるでしょう。