インタビュー企画概要
日本を代表するグローバルブランドである「無印良品」。同ブランドを展開する株式会社良品計画(以下、良品計画)は、2021年8月現在、世界32の国・地域で店舗を展開し[1]、日本国内でも多様な国籍の方々が働いています。
このたび、LIGHTBOATでは、縁あって「日本で働き、日本で楽しむ」を体現されている、良品計画の外国人社員の方にお話を伺う機会をいただきました。
そこには、形式から入るのではなく、本人とのコミュニケーションと試行錯誤を繰り返しながら、いわば積み上げ式で、等身大かつ実効性のある環境構築を進めてきた同社の姿勢と、それがあってこその現状の成果、そして今後の課題を見て取ることができました。
独自のこだわりと思いを持って外国人材を雇用している、あるいはそれを検討している多くの日本企業にとって、大いに参考になるでしょう。
また、それぞれの強みを生かしてキャリアを築き、無印良品を本国である日本から支える皆さんの軌跡や体験談は、日本で働きたいと考えている外国人の方にとって、貴重なサンプルになるに違いありません。
良品計画の外国人従業員インタビュー企画・第三弾、ぜひご一読ください。
ゲスト:ベッキーさんのプロフィール
名前 | Theint Zin Htoo (テイン ズイン トゥー) |
出身 | ミャンマー連邦共和国 |
卒業大学(卒業年) | ミャンマー大学(2008年) オーストラリア大学(2013年) |
株式会社良品計画 入社年 | 2015年(2014年にMUJI Global Sourcing Private Limitedにアルバイトで入社) |
在日年数 | 8年 |
勤務店舗 | 無印良品 銀座 |
はじめに
ベッキーさんは、2つの大学課程を卒業後に来日。当初は日本で大学院に進学する予定でしたが、日本語学校に通いながら始めたアルバイトが人生を変えました。そこからスタートしたキャリアパスは、苦労がありながらも、刺激的でとても楽しいものでした。現在、無印良品 銀座で勤務されているベッキーさんに、銀座店と併設するMUJI HOTELの一室でお話を伺いました。
人生を変えた、良品計画でのアルバイト
―ベッキーさんの来日のきっかけを教えていただけますか?
ミャンマーで大学を卒業した後、シンガポールに住んでいました。シンガポールの専門学校を卒業すると、現地にいながら他の大学に編入して学ぶことができるという制度があり、私はオーストラリア大学のビジネスマネジメント課程で経営について学びました。
姉がシンガポールで暮らしていたので、卒業後そのまま残るという選択肢もありましたが、英語を使わない国でチャレンジしたいという思いもありました。
シンガポールで日本人の友人ができたこともあって、日本に興味を持ちました。その後実際に旅行に行ったことで、日本で勉強してみたいと思うようになったんです。
日本人からは、相手のことを気遣う優しい印象を受けました。例えば、自分が何か物を使うとき、次に使う人のことを考えて使いますね。そういうところが新鮮でした。
食文化にもとても興味がありました。寿司、焼き肉、お好み焼き、たこ焼きなど、好きな日本料理がたくさんあります。シンガポールにいる頃から食べていました。
―ご家族は来日に賛成でしたか?
オーストラリア大学を卒業した後、ミャンマーに一度戻り、日本語学校に通いました。母は、私には姉と一緒にシンガポール住んでほしいと言っていました。そんなとき、廊下で奨学金のポスターを見つけ、奨学金[2]を受給できたら渡航費を出してもらうという条件で母と交渉しました。結果、試験に合格。渡航後の日本語学校の学費は奨学金で支払えることになり、母の理解も得ることができました。今では両親とも、私が楽しんでいることを知っているので、日本での生活を応援してくれています。
―来日してからの生活はどうでしたか?
日本でも、まずは日本語学校に一年通いました。語学学校に行けば日本語が一気に上達すると思いましたが、日本語は予想したよりも難しかったです。
アルバイトを始めれば上達すると思い、語学学校在学中に、MUJI Global Sourcing Private Limited(以下MGS)で商品開発のアシスタントアルバイトを始めました。同社は良品計画の子会社で、海外の拠点で商品開発や調達を行っています。MGSでの経験はとても刺激的でした。周りの先輩もとても優しく、楽しい毎日を過ごしました。
やはり、仕事で接する日本語はとても勉強になりました。専門用語も多かったので、メモに書いて、後からネットで調べたり、その場で周りに確認したりすることを繰り返しました。
固定の誰かというわけではなく、皆さんで日本語も業務も教えてくれました。あまり厳しく日本語を指導されることはありませんでしたので、今思えば、敬語もゆるやかに使っていたかもしれませんが、コミュニケーションは上手く取れていたと思います。
一方で、文化の違いを感じる場面は多かったです。私は物事をはっきり言うタイプなのですが、日本では何か伝えるときは、メールでもクッションを入れますね。こういった感覚は少しずつ知っていきました。「クッション」という表現も、当時教わったものです。
―そのまま良品計画に入社されたのでしょうか?
そうです。日本で語学学校を卒業したら、大学院に進もうと思っていました。でも、MGSで卒業後の進路を聞かれ、引き続き働きたいと思ったんです。
2015年に良品計画に正社員として入社し、そのタイミングで、留学の在留資格から、技術・人文知識・国際業務の在留資格になりました。
もともとは、大学院を卒業してミャンマーへ帰国しようと考えていたので、来日当時の自分が、今私の進んでいるキャリアを知ったら、驚くだろうと思います。
故郷・ミャンマーのコーヒーを商品化
―ベッキーさんのキャリアプランを変えるほど、商品開発の経験や、先輩・同僚との出会いは大きなものだったのですね。入社後はどういったお仕事をされてきたのでしょうか。
商品開発に3年半ほど携わりました。その後ソーシャルグッド事業部に異動し、SDGsの観点からどんな取り組みができるかという、新規事業開発に関わりました。
そこで「ミャンマーのコーヒー豆」[3]を企画し、商品化できたことは、本当に忘れられない経験でした。故郷の生産品が無印良品ブランドで商品になったことだけでなく、コーヒーが売れることで、農家の収入が増え、そのことがケシ栽培を減らすことにもつながって、ミャンマーの社会に貢献できていることがうれしいです。
商品開発では、いつも現地に行きます。このときも、上司と二人でミャンマー出張し、農家との交渉から取り組みました。上司には何でも相談ができたので、こういった企画の提案もしやすかったです。
ほかにも、今取材を受けているMUJI HOTELのプロジェクトにも関わり、アメニティの開発や、お客様からご意見を受けるフローの構築などを行いました。
商品や事業の開発はとても楽しかったですが、苦労もありました。私が正社員として入社して最初に携わったのは、今まで無印良品としても商品開発を経験したことがない分野だったんですね。開発のフローを覚えながら、その新しい分野の知識も自分で習得する必要がありました。
いろいろな部署と連携して企画を進めていきますが、だからといって専門の部門にすべて任せてよいわけではありません。品質管理の部門はありますが、企画にあたっては自分でも品質のことを理解する必要がありますし、販売計画など、多岐にわたって勉強をしました。
―入社後わずか数年で、いろいろなご活躍をされたのですね。現在勤務されている、無印良品 銀座ではどんなお仕事をされているのでしょうか?
2021年に配属され、半年前には、3階[4]の売り上げを管理するリーダーになりました。
現在は、店舗で展開する、多文化共創の企画立案なども行っています。今年の5月には、「つながる市 フランス編」と題した企画で、都内のフランス料理店3店舗が、無印良品 銀座に出店しました。
日本で一番多い外国料理店はフランス料理店だと聞き、皆さんがなじみのある国の文化からこの企画をスタートしたいと思い、フランスを選びました。
ゆくゆくは日本ではあまり知名度のない国や地域の文化も紹介したいですし、形のあるモノにこだわらず、音楽などいろいろな媒体を使って、多文化間の交流を図っていきたいと思っています。
イベントを通して、お客様はもちろん、銀座店のスタッフにも文化交流の機会を持ち、新しい気づきや学びを得てもらえたらうれしいです。
「無印良品 銀座」で働く外国人は、私も含めて4人ですが、スタッフ同士は日本人、外国人の隔てなくコミュニケーションを取っているので、外国人スタッフだけのコミュニティというのはありません。
一方で、コミュニケーションが難しい部分はあります。店舗はシフト制なので、全員がいつも揃うことはないですし、銀座店だけで150人くらいが働いています。少人数で回っていたMGSとは、環境がかなり違います。そんなわけで、銀座に配属になってからは、国籍を問わず、コミュニケーションを円滑に行うことについて、意識的に考えるようになりました。
今後は、外国人のお客様も、外国人従業員も、さらに増えたらうれしいです。そして、外国人かどうかを問わず、働きやすく、研修などがより行き届いた環境を目指していければと思っています。
「つながる市 フランス編」当日の様子。このお店ではケークサレを販売 4階のFound MUJIコーナーで。後ろにはベッキーさんの開発した「ステンレスカレーポット」も並ぶ
外国人も安心してキャリアを築ける社会になってほしい
―今後、日本の社会にどうなっていってほしいですか?
日本に住んで8年になりますが、外国人向けに発信されている情報は分かりにくいと感じています。
先日永住申請を行ったのですが、その際、必要書類が足りないということで審査が通りませんでした。ただ、申請の説明をしているウェブサイトでは、その書類が必要だということが分からなかったんです。情報が読み取りにくいと感じました。また、誰に質問すればよいかも分かりませんでした。
相談する相手がいないという点では、日本での家探しについても、似た話をよく聞きます。来日してすぐに、知り合いもいない中で、賃貸住宅契約のための連帯保証人を日本人にお願いするのは難しいです[5]。勤め先の会社が賃貸契約をしてくれたり、上司が助けてくれたりすればいいですが、私の周りには困っている友人もいました。
永住申請については、今改めて進めているところです。会社の人事部には、永住申請に限らず、手続きや書類について相談することが多く、とてもお世話になっています。私の相談が会社で初めてのケースもあるので、人事部でも確認しながら進めてくれていて、ありがたいです。
もう一つ、日本の社会に理解を深めてほしいと思うのは、外国人のキャリアについてです。外国人だからといって特別扱いをする必要はありませんが、自国と日本ではキャリアの考え方も違います[6]。上司が多文化理解を意識してくれることが大切だと思います。
また、外国人が日本で思い描くことのできるキャリアの幅が限定されているように感じます。来日前から狭いです。キャリアの分野は国によって特色があり、例えばミャンマーの場合は英語ができることもあって、それを生かしながら日本のIT企業や製造業の技術者として働く人が多い印象を受けます。もちろんそれも一つの道ですが、「よくある日本でのキャリア」に縛られず、幅広い視野でやりたいことを選べる状況になってほしいですね。
私も、MGSのアルバイトで商品開発に関わったことで、「自分はこれに興味があるんだ」と気が付きました。就職フェアのような、実際に体験できる場があったらいいのかもしれません。
―今後どんなキャリアを築いていきたいとお考えですか。
店舗での勤務をはじめ、いろいろな部門に配属されて視野が広がった分、いつかは自分のキャリアに専門性を付けたいですね。また商品開発に関わりたい、という気持ちは強いです。
良品計画で自分がやりたいことと、安定した生活の双方をバランスよく達成していきたいと思っています。
―最後に、これから日本で働こうと考えている外国人の方にアドバイスをお願いします。
オープンマインドの精神で頑張ることですね。ありのままの自分でいることも必要ですし、日本の文化を受け入れるのも大切だと思っています。
―今日は、どうもありがとうございました。
おわりに
ベッキーさんが日本社会に期待することとして挙げていたのは、「外国人向けの情報発信がわかりやすく明確になること」、また「外国人が、日本で幅広いキャリアを築けるようになること」でした。
日本で働く外国人の方を支援するメディアとして、LIGHTBOATもぜひ向き合っていきたい課題です。
会社の人事部や上司の方が、外国人の方ならではの手続きや、暮らしの課題に一緒に向き合ってきてくれたことは、ベッキーさんが自身のキャリアに打ち込むための大きなバックアップとなったでしょう。
一方で、ベッキーさんがお話されていたとおり、外国人の方にとって日本で生活する上で分かりにくい情報は、あちこちに散見されます。特に行政手続きは、日本人にとっても難しいケースが多く、外国人の方にとってさらにハードルが高いことは明らかです。
総務省が発表した2019年度の外国人の方からの行政相談は239件[7]。これは前年度の2倍以上の数です。一方で、分からないことがあっても相談窓口の存在を知らないケースもあっただろうことは容易に想像できます。そう考えると、239件は氷山の一角であり、実際に困っている人の数はこれよりもはるかに多いと考えられます。
そもそも、手続きの目的や重要性を認識してもらえていないケースもあるでしょう。
言葉の壁や申請の煩雑さなども相まって、外国人の方にとって行政手続きが大きなハードルになっている現状を受け、LIGHTBOATでも、問題解決のための具体的なサービス開発を進めています。(2022年秋・冬ローンチ予定)
これに先行して、LIGHTBOATでは、外国人の方を雇用する企業向けに、在留資格ごとの規定や、知っておくべき法律、雇用時の留意点などを整理し、eラーニング教材として開発を行っています。
個人の方も、これらの教材を受講し、会社側と同じレベルで外国人材の在留資格や就労に関する知識を習得しておくとよいでしょう。
ベッキーさんが日本社会へ期待することの二つ目として挙げていたのは、「外国人が、日本で幅広いキャリアを築けるようになること」でした。この実現のために、企業においては一部の関連部門の担当者だけではなく、現場で外国人の方と働く従業員やマネージャー層も含めて、外国人材のキャリアの考え方を学ぶなど、多文化理解を目指すことが求められます。
私たちは、ベッキーさんのように、正に「日本で働き、日本を楽しむ」を体現されている方へのインタビューを発信することが、日本で働く外国人の方がキャリアを考える一助になると考えています。日本で働く外国人の方が、自分らしいキャリアを実現し、日本人と共に生き生きと働けるようになることで、イノベーションあふれる共生社会が実現できるのではないでしょうか。
LIGHTBOATでは、自分らしいキャリアにチャレンジし、十分に能力を発揮していけるよう、教育、メディアなどを通じてさまざまなサポートを行ってまいります。
[1] 株式会社良品計画「数字で見る良品計画」,2021年8月公表,https://ryohin-keikaku.jp/corporate/about.html(閲覧日:2022年4月5日)
[2] ベッキーさんは一般財団法人共立国際交流奨学財団から奨学金を受給。1995年に設立された財団は、ミャンマーをはじめ、24カ国の私費留学生を対象に奨学金を支給している(2022年度実績)。
[3] 株式会社良品計画「「ミャンマーのコーヒー豆」発売のお知らせ」,2020年9月17日公表,https://ryohin-keikaku.jp/news/2020_0917.html(閲覧日:2022年6月27日)
[4] 3階では、ヘルス&ビューティ、靴下・インナーウェア、文房具・オフィス用品などを扱う。無印良品 銀座, https://shop.muji.com/jp/ginza/(閲覧日:2022年6月8日)
[5] 現在は、保証人を代行する民間のサービスも存在します。外国人入居者に対し、不動産会社が連帯保証会社を指定することも。外国人の方に特化したサービスのため、多言語サポートも付いています。
[6] 日本では、高度成長期以来、ジョブローテーションをしながら幅広い業務をこなすことができるゼネラリストを育てる「メンバーシップ型雇用」が主流。一方海外では、定義された職務(ジョブディスクリプション)に対し、スペシャリストとして専門性を発揮する「ジョブ型雇用」が主流である。そもそも在日外国人の仕事の内容は在留資格によって規定されており、職種を超えたジョブローテーションが入管法違反となることもある。このため、在日外国人の雇用スタイルはおのずとジョブ型に近い形になる。このことを認識していない企業や管理職は少なくない。
[7] 総務省「総務省の行政相談における外国人からの相談への対応(令和元年度)」,2020年10月16日公表,https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/201016000144727.html(閲覧日:2022年6月8日)